当記事では日本最古のシーサーである富盛の石彫大獅子についての歴史などをご紹介しています。
設置場所や駐車場なども記載してありますので、みなさんも一度最古のシーサーを見に行ってみてはいかがでしょうか?
富盛の石彫大獅子 とは?
富盛の石彫大獅子(ともりのいしぼりうふじし)とは日本で一番古いシーサー(石獅子)で、八重瀬町富盛の*勢理城(じりぐすく)というグスクの中に設置されています。
そのため「勢理城の石彫大獅子」とも呼ばれることもあるようです。
沖縄県の指定有形民族文化財にも指定されています。
また富盛の石彫大獅子は口が空いているのでオスシーサーですが、最初から一体のみの設置で、メスシーサーはもともといなかったとのことです。
*勢理城とは?
勢理城(じりぐすく)はいつ誰が築いたのかもわかっていない城で、築城年も不明とのこと。
気になって結構調べてみたのですが、全く情報は無し。謎のだらけの城です。
富盛の石彫大獅子はいつ、誰に作られたの?
富盛の石彫大獅子が作られたのは1689年のこと。
誰が制作したのかは不明。第二尚氏王朝第十一代尚貞王の指示により建立されたとされています。
シーサーのある富盛地区付近は沖縄戦の際に地上戦の最前線となった場所。そのためシーサーにはいくつもの銃弾の跡が残っています。
富盛の石彫大獅子はなんのために作られた?
富盛の石彫大獅子はなんのために作られたのでしょうか?
これははっきりわかっていて、1689年当時の富盛地区では火事が頻発して人々を困らせていました。
そこで「風水師」に相談したところ、その火事には八重瀬岳が影響しているため山に向けて【獅子の像】を設置することを助言しました。
この【獅子の像】こそが「富盛の石彫大獅子」であり、設置後は不思議なことに火事が発生しなくなったとこと。
この歴史から各地へシーサーを信仰する文化が広がっていったとされています。
富盛の石彫大獅子の大きさは?
富盛の石彫大獅子の大きさは下記の通りです。
よく見るシーサーと比べると確かに大きいですが、”大獅子”という名前の割には小さいように感じました。
「石彫の石像シーサー」としては最大のもののため、石彫”大獅子”なのですね。
戦時中はこのシーサーを弾除けに戦ったとされていますが、ちょっと心もとない気がします。
富盛の石彫大獅子の近くに駐車場はあるの?
駐車場は最近作られたのか、かなり綺麗なものが富盛の石彫大獅子がある勢理城へ上がる階段のすぐ横にありました。
もちろん無料で7-8台ぐらいは止めることが出来そうでしたが、私が訪れた平日の昼間は誰もいませんでした。
駐車場のきれいな花
駐車場の横には上記画像のようなたくさんのきれいな花が植えられています。
勢理城からの景色
勢理城はかなりの高台に位置しているため、八重瀬町ののどかな町並みを一望できます。
展望台も設置されていました。
大きなガジュマルの下にはベンチも設置されていて、静かな勢理城で最古のシーサーを眺めながら少しのんびりするのも良いかも。
富盛の石彫大獅子アクセス情報
こちらは「富盛の石彫大獅子」のアクセス情報です。
富盛の石彫大獅子 周辺地図
こちらは「富盛の石彫大獅子」周辺の地図です。
富盛の石彫大獅子 巡りまとめ
- 富盛の石彫大獅子は日本最古のシーサーで、石彫のものの中では最大の大きさ。
- 有名な観光地ではないですが、”沖縄ツウ”にはおすすめしたいディープスポット。
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