沖縄県出身のボクシング世界チャンピオン一覧!全9名をまとめてみました!

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この記事では、沖縄県出身のボクシング世界チャンピオン全9人(2019年6月27日現在)をまとめています。
沖縄初の世界チャンピオン「具志堅用高」さんから「比嘉大吾」選手まで、世界タイトルを獲得した順にプロフィールや画像、試合動画などを交えてご紹介しています!

具志堅用高(1976年10月10日世界タイトル獲得)

現役時代の具志堅用高さん「日本プロボクシング協会ホームページ」より画像引用

沖縄県出身者で、初めて世界チャンピオンとなったのが『具志堅用高』さんです。

具志堅用高さんは、1976年10月10日にドミニカ共和国の『ファン・ホセ・グスマン』選手を7R32秒KOで破り、後に13度防衛することとなる「WBA世界ライトフライ級王座」を獲得しました。

現在は「太田プロダクション」に所属し、タレントとして活動している他、解説者や指導者(ボクシングジムの会長)としてボクシングに携わっておられます。

具志堅用高プロフィール等

  • 本名:具志堅 用高(ぐしけん ようこう)
  • 生年月日:1955年6月26日
  • 血液型:A型
  • 出身校:「石垣小学校」→「石垣中学校」→「興南高等学校」
  • 現役時の所属ジム:「協栄ボクシングジム」
  • プロデビュー:1974年5月28日(18歳)
  • 引退日:1981年3月8日(25歳)
  • 出身地:沖縄県石垣市
  • ボクシングスタイル:左ボクサーファイター
  • プロ戦績:24戦23勝1敗(15KO)
  • アマ戦績:65戦62勝3敗(50RSC)
  • 獲得タイトル等:「WBA世界ライトフライ級王座(13度防衛)」「世界王座防衛回数日本人男子1位」「国際ボクシング名誉の殿堂オールドタイマー部門(2015年)」
  • キャッチフレーズ:「カンムリワシ」「100年に一人の天才」
  • 入場曲:「Conquistador(征服者)[メイナード・ファーガソン]」
  • その他:「ファン・ホセ・グスマン」選手から名前を取った『グスマン』という”ボクサー犬”を飼っている。

具志堅用高 名試合動画

こちらは現役時代の具志堅用高さんの名試合動画です。

1976年10月に行われた、具志堅用高さんが世界タイトルを初めて獲得した試合です。

世界戦とは思えない程の具志堅さんの超攻撃的な試合運びで、とても見ごたえのある試合ですね!

現代のボクシングとは全く違いますが、恐ろしく強いボクサーであったことは伝わってきますね。


上原康恒(1980年8月2日世界タイトル獲得)

上原康恒さん「日本プロボクシング協会ホームページ」より画像引用

上原康恒さんは、沖縄県出身者で2番目に世界チャンピオンになった人物です。

1974年8月24日に具志堅用高さんより早くに世界タイトルに挑戦しましたが、2回KO負けを屈し、残念ながら沖縄県初の世界チャンピオンの栄誉は逃しました。

しかし、それから6年後の1980年8月2日にプエルトリコの『サムエル・セラノ』を6Rに見事KOし「WBA世界スーパーフェザー級王座」を獲得しました。

その後、1度の王座防衛に成功しましたが『サムエル・セラノ』との再戦に破れ、王座陥落と同時に引退しています。

引退後は「貸し別荘やペンションなどの経営」や、東京で『チャンピオン』という店名の沖縄料理店のシェフをしているとのことです。

また息子さんもプロボクサーのライセンスを持っており、マウスピースなどを作る仕事をされているそうです。

上原康恒プロフィール等

  • 本名:上原 康恒(うえはら やすつね)
  • 生年月日:1950年10月12日
  • 出身校:「沖縄中央高校」→「日本大学」
  • 現役時の所属ジム:「協栄ボクシングジム」
    (当時日本プロボクシング史上最高となる、契約金1,000万円で契約)
  • プロデビュー:1972年11月(22歳)
  • 引退日:1981年4月9日(30歳)
  • 出身地:沖縄県那覇市
  • ボクシングスタイル:右ボクサーファイター
  • プロ戦績:32戦27勝5敗(21KO)
  • アマ戦績:125戦117勝8敗(87RSC)
  • 獲得タイトル:「WBA世界スーパーフェザー級王座(1度防衛)」

上原康恒 名試合動画

こちらは現役時代の上原康恒さんの名試合動画です。

1980年11月20日行われた、上原康恒さんの初防衛戦(レオネル・エルナンデス戦)の動画です。



渡嘉敷勝男(1981年12月16日世界タイトル獲得)

渡嘉敷勝男さん「日本プロボクシング協会ホームページ」より画像引用

渡嘉敷勝男さんは、タレントとしても有名な「元WBA世界ライトフライ級」チャンピオンです。

もともとは具志堅用高さんを倒す為にプロボクサーになったそうですが、同じボクシングジムに所属してしまったため対戦は叶いませんでした。

しかし、具志堅用高さんらと日々スパーリングするなどして力をつけ、1981年12月16日に具志堅用高さんが9ヶ月前に手放した「WBA世界ライトフライ級王座」を獲得し、沖縄出身者で3人目の世界チャンピオンとなりました。

現役引退後は「太田プロダクション」に所属し、タレントとして活動していましたが『渡嘉敷ボクシングジム』を開設してからは、会長業に力を入れているようです。

渡嘉敷勝男プロフィール等

  • 本名:渡嘉敷 勝男(とかしき かつお)
  • 生年月日:1960年7月27日
  • 出身校:「浪速工業高等学校 中退」
  • 現役時の所属ジム:「協栄ボクシングジム」
  • プロデビュー:1978年12月28日
  • 引退日:1984年8月18日
  • 出身地:沖縄県コザ市(現沖縄市)
  • ボクシングスタイル:右ボクサーファイター
  • プロ戦績:25戦19勝4敗2分(4KO)
  • 獲得タイトル:「WBA世界ライトフライ級王座(5度防衛)」
  • キャッチフレーズ:「トカちゃん」「ヤンバルクイナ」

渡嘉敷勝男 名試合動画

こちらは現役時代の渡嘉敷勝男さんの名試合動画です。

1981年12月16日に行われた世界初挑戦(金煥珍戦)の動画です。



友利正(1982年4月13日世界タイトル獲得)

友利正さん「日本プロボクシング協会ホームページ」より画像引用

友利正さんは、当時端正な顔立ちから人気を誇った「元WBC世界ライトフライ級」チャンピオンです。

アマチュア出身で高校時代には「全日本チャンピオン」にも輝いており、ボクシングエリートとして三迫ジムからプロ入りしています。

世界チャンピオンとなったのは、1982年4月13日でメキシコの『アマド・ウルスア』選手を判定で破り「WBC世界ライトフライ級」王座を獲得しました。

現役引退後は「ブティック経営」や「白井・具志堅スポーツジムのトレーナー」などを務めています。

友利正プロフィール等

  • 本名:友利 正(ともり ただし)
  • 生年月日:1959年12月28日
  • 出身校:「沖縄高校(現 沖縄尚学高等学校)」
  • 現役時の所属ジム:「三迫ジム」
  • プロデビュー:1978年5月25日(18歳)
  • 引退日:1982年7月20日(22歳)
  • 出身地:沖縄県那覇市
  • ボクシングスタイル:右ボクサーファイター
  • プロ戦績:26戦19勝7敗(5KO)
  • アマ戦績:20戦16勝4敗(3RSC)
  • 獲得タイトル:「WBC世界ライトフライ級王座」
  • キャッチフレーズ:「具志堅二世」

友利正名試合動画

こちらは現役時代の友利正さんの名試合動画です。

1982年4月13日に行われた、友利正さんの世界初挑戦(アマド・ウルスア戦)の動画です。



新垣諭(1984年4月15日世界タイトル獲得)

新垣諭さん「炎のハンマーパンチ!!(@shin_gs)」さんのTwitter投稿写真より画像引用

新垣諭さんは、当時はまだ日本ボクシングコミッション(JBC)の非公認団体であった「IBF(国際ボクシング連盟)」の世界チャンピオンです。

1984年4月15日にフィリピンの「エルマー・マガラーノ」選手を8RTKOで破り「IBF世界バンタム級」王座を獲得しています。

当時は非公認団体であった「IBF」でしたが、2013年4月1日より正式にJBCへの加盟が決定。

「要請があれば、新垣諭さんを正式に世界王者と認める方向である。」という記事を見つけましたが、その後どうなったかの続報を見つけることができませんでした。

新垣さんサイドが要請しなかったのですかね?実際はどうなったのかをご存知の方は、コメント頂けますと幸いです。

新垣諭プロフィール等

  • 本名:新垣 諭(しんがき さとし)
  • 生年月日:1964年2月21日
  • 出身校:「沖縄県立沖縄水産高校」
  • 現役時の所属ジム:「奈良池田ジム」
  • プロデビュー:1982年10月4日
  • 引退日:1990年1月30日
  • 出身地:沖縄県糸満市
  • ボクシングスタイル:サウスポー
  • プロ戦績:16戦12勝3敗1分(9KO)
  • 獲得タイトル:「IBF世界バンタム級王座(当時の”IBF”は日本ボクシングコミッション非公認団体)」

新垣諭 名試合動画

こちらは現役時代の新垣諭さんの名試合動画です。

1985年8月23日に行われた、IBF世界バンタム級タイトルマッチ(ジェフ・フェネック戦)の動画です。



浜田剛史(1986年7月24日世界タイトル獲得)

浜田剛史さん「日本プロボクシング協会ホームページ」より画像引用

浜田剛史さんは幼い頃からボクシングを始め、高校3年生の時にはインターハイ(フェザー級)での優勝を経験しています。

世界チャンピオンとなったのは1986年7月24日で、メキシコの「レネ・アルレドンド」選手に1R3分9秒 KOで勝利し「WBCスーパーライト級王座」を獲得しました。

引退後は「プロボクシング中継の解説者」として活躍されています。

浜田剛史プロフィール等

  • 本名:浜田 剛史(はまだ つよし)
  • 生年月日:1960年11月29日
  • 出身校:「沖縄県立沖縄水産高校」
  • 現役時の所属ジム:「帝拳ボクシングジム」
  • プロデビュー:1979年5月21日(18歳)
  • 引退日:1987年7月22日
  • 出身地:沖縄県中頭郡中城村
  • ボクシングスタイル:左ファイタータイプ
  • プロ戦績:24戦21勝2敗1無効(19KO)
  • アマ戦績:43戦37勝6敗(28RSC)
  • 獲得タイトル等:「WBCスーパーライト級王座(1度防衛)」「15試合連続KOの日本記録保持者」
  • 入場曲:「ヒーロー HOLDING OUT FOR A HERO(葛城ユキ)」

浜田剛史名試合動画

こちらは現役時代の浜田剛史さんの名試合動画です。

1986年7月24日に世界タイトルを獲得した「レネ・アルレドンド戦」の動画です。

これは強い。恐ろしいパワーですね。相手のレネ・アルレドンド選手も39勝中37KOのハードパンチャーですが、ほとんどなにもさせませんでした。

しかしこの後、1987年7月22日にアルレドンド選手と再戦し、TKO敗け。
残念ながら再戦はすることなく引退しています。


平仲明信(1992年4月10日世界タイトル獲得)

平仲明信さん「日本プロボクシング協会ホームページ」より画像引用

平仲明信さんは高校2年生の時にボクシングを始め、数カ月後にインターハイで優勝した天才ボクサーです。

1984年には、ロサンゼルスオリンピックにも出場(2回戦敗退)しています。

プロになってからは、わずか4戦(日本記録)で日本チャンピオンとなり、1992年4月10日にプエルトリコの「エドウィン・ロサリオ」選手を1R1分32秒でTKO(同階級の世界戦最短KO記録)し「WBA世界ジュニアウェルター級王座」を獲得しました。

引退後は「平仲ボクシングスクールジム」を経営するなどして、ボクシング界で活躍されています。

平仲明信プロフィール等

  • 本名:平仲 信明(ひらなか のぶあき)*平仲 明信(ひらなか あきのぶ)はリングネーム。
  • 生年月日:1963年11月14日
  • 出身校:「沖縄県南部農林高等学校」→「日本大学[農獣医学部]」
  • 現役時の所属ジム:沖縄ジム(現 琉球ボクシングジム)
  • プロデビュー:1985年3月24日(21歳)
  • 引退日:1992年9月9日(28歳)
  • 出身地:沖縄県島尻郡具志頭村(現 八重瀬町)
  • ボクシングスタイル:右ファイタータイプ
  • プロ戦績:22戦20勝2敗(18KO)
  • アマ戦績:76戦67勝9敗(64RSC)
  • 獲得タイトル:「WBA世界ジュニアウェルター級王座」

平仲明信名試合動画

こちらは現役時代の平仲明信さんの名試合動画です。

1992年4月10日に世界タイトルを獲得した「エドウィン・ロサリオ」戦の動画です。(*試合開始は10:00からです)



江藤光喜(2013年8月1日世界タイトル獲得)

江藤光喜さん「白井・具志堅スポーツジム ホームページ」より画像引用

江藤光喜選手は2019年6月27日現在、現役のボクサーです。

高校からボクシングを始めて4ヶ月で県大会に優勝するほどの才能の持ち主で、2013年8月1日にタイの「コンパヤック・ポープラムック」選手を判定で破り「WBA世界フライ級暫定王座」を獲得しています。

なお、タイでの世界戦勝利は、日本人男子ボクサーとしては初の快挙です。

江藤光喜プロフィール等

  • 本名:江藤 光喜(えとう こうき)
  • 生年月日:1988年2月8日
  • 出身校:「沖縄県立北部農林高等学校[林業科]」
  • 所属ジム:「白井・具志堅スポーツジム」
  • プロデビュー:2008年8月11日(20歳)
  • 引退日:現役選手(2019年6月27日現在)
  • 出身地:沖縄県国頭郡本部町
  • ボクシングスタイル:右ボクサー
  • プロ戦績:30戦24勝4敗1分1無効(19KO)
  • アマ戦績:3戦3勝無敗
  • 獲得タイトル:「WBA世界フライ級暫定王者」
  • 趣味:三線(安里屋ユンタが得意)

江藤光喜名試合動画

こちらは江藤光喜選手の試合動画です。

2013年8月1日にタイで「WBA世界フライ級暫定王者」を獲得した試合の動画です。(*試合開始は17:53からです)



比嘉大吾(2017年5月20日世界タイトル獲得)

比嘉大吾さん「白井・具志堅スポーツジム ホームページ」より画像引用

比嘉大吾選手は、2019年6月27日現在、現役のボクサーです。

ボクシングを始めたのは高校生の時で、プロデビューから15連続KOという日本タイ記録をもつ怪物です。

2017年5月20日にメキシコの「ファン・エルナンデス」選手を6R2分58秒TKOで下し「WBC世界フライ級王座」を獲得しました。

現在は、世界タイトルマッチでの減量失敗が原因でプロライセンスを停止されており、別階級での復帰が待たれている状況です。

比嘉大吾プロフィール等

  • 本名:比嘉 大吾(ひが だいご)
  • 生年月日:1995年8月9日
  • 出身校:「浦添市立仲西中学校」→「沖縄県立宮古工業高等学校」
  • 所属ジム:「白井・具志堅スポーツジム」
  • プロデビュー:2014年6月17日
  • 引退日:現役選手(2019年6月27日現在)
  • 出身地:沖縄県浦添市
  • ボクシングスタイル:右ファイター
  • プロ戦績:16戦15勝1敗(15KO)
  • アマ戦績:45戦36勝8敗(8RSC)
  • 獲得タイトル:「WBC世界フライ級王座」
  • 入場曲:「Conquistador(征服者)[メイナード・ファーガソン]」
    *具志堅用高と同じものを使用している。

比嘉大吾名試合動画

こちらは比嘉大吾選手の名試合動画です。

2017年5月20日に世界タイトルを獲得した「ファン・エルナンデス」戦の動画です。



沖縄出身のボクシング世界チャンピオンまとめ

今回は「沖縄県出身のボクシング世界チャンピオン一覧!全9名をまとめてみました!」ということで、沖縄出身の世界チャンピオンを全員まとめてみました。

さすがは、ボクシングが盛んな沖縄県。凄い選手ばかりですね。

しかし、2019年6月現在は現役の世界チャンピオンがいない状況となります。

新たな世界チャンピオンの誕生、比嘉大吾選手の復帰戦、江藤光喜選手の世界再挑戦が待ち遠しいですね!

   
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